【乳がん】振り返って極貧時代を思う

いろいろ迷った末に、年金を納めたことを記事にしていて
【乳がん】80の壁と年金問題

十数年前の自分を思い出しました。

いろんな事情が重なったんですが、とにかくお金がありませんでした。

まだ、夫と結婚前のことです。

借金こそまだしていなかったものの、全財産が普通預金に残された8万円と、

あとは、お財布の中の小銭だけという時期があり

当時はもちろん、思い出しただけでわなわなと震えるほど、恐ろしい現実でした。

この世には、いろんな苦労があります。

子どもの治らないけがや病気を除けば、お金の苦労がもっともたいへんなんじゃないかなと思います。

子どものけがや病気は、苦労と言うより悲しみですから

やっぱり、苦労という意味ではお金の苦労がもっとも解決困難だと思います。

というのは、ほかの苦労はお金があれば解決できることが多いけれど

お金の苦労は、お金でしか解決できないのに、そのお金がないことが問題だからです。

何やら、おかしな日本語になりましたが、お金に困ったことがある人には、わかってもらえることと思います。

出口がない状態でもがくのは、本当に苦しくてつらいものです。

その時期は、本気で「病気になって死んじゃいたい」と思っていました。

でも、くじけていられなかったのは、息子がいたからです。

自分が折れたら、息子が学校に行けなくなる、食べるお米も買えなくなると思うと、へこたれている場合ではありませんでした。

さかのぼると、どうやらその時期にがん細胞が出現したようなので

ストレスがダイレクトに体に作用したんだなと、理解しています。

この極貧時代は、国民年金はもちろん、国民健康保険も滞納してしまい(個人事業主でした)

なんとか、お金を作って役所で支払ったとき

1年分以上を滞納していて、高い高い利息もついて高額になっていたものを一括で納入したせいか

「このお金、どうしたんですか?」と聞かれ、

どうしたって?強盗をしたわけじゃありませんよっ!!

働いて稼いだに決まってるでしょ!!と

聞いてきた役所の人の頭をどつきたくなったこともありました。

熟女パブなるものがあることを知り、高額な時給があまりに魅力的で

面接を受けに行こうと、本気で店を探したこともありました。

運よく当時の本業が、なんとかうまくいき、副業ができないほど忙しくなったため、実際には行きませんでしたが

息子を育て上げるためのお金を稼ぐためなら、なんだってする!なんだってできる!と、思っていたころです。

その後、いろいろあって、今は夫と静かに平和に暮らしています。

今でこそ専業主婦ですが、夫と結婚して数年は、共働きでした。

その間、1人暮らしはさせていたものの、まだ学生だった息子にかかるお金以外は、稼いだお金は全部貯金していました。

息子が一人立ちして(まだまだ心配ですが)、経済援助が必要なくなってからは、所得全額を貯金することができました。

生活費はすべて、夫が担ってくれたからこそできた貯金です。

そして、がんになってしまうのですが、その治療費も夫が出してくれています。

今回、年金を1年3か月分納入しました。

今年度分の前納と、手続きが面倒で放置していた結果滞納していた分ですw

貯金が減ってしまって、少し悲しかったんですが

払えるんだからいいじゃないか!とも思いました。

病気も、人生の大きな苦労です。

でも、生きていける環境にあるなら、悲劇ではありません。

生きたいと思えるなら、と言ったほうがしっくりきます。

生きていくのがいやになったとき、病気になってほっとすること。

逃げられないと思っていた苦労から解放されるんだと、やっと安心できることが

本当の苦労かなと、思いますので

私は、まさか「がんになってよかった」と思うことはありませんが

がんになったから不幸で悲劇だとは、まったく思いません。

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カテゴリー: 乳がん

作成者: ギリギリchop

1964年生まれ 専業主婦です。 同居家族は4歳年上の夫。 多発性骨転移あり、ステージ4の乳がん治療中ですが、あつ森で楽しく遊ぶ毎日です。 あつ森の活動は、YouTube動画にもしています。 〈夢番地〉 メイン島=Bz島(とう) 4235-3076-8158  サブ島=あいのバクダン島(じま) 6602-5444-4994

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